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あのね帳

文章の練習

パンクチュアルちんこ

 先日、ありがたいことに、スカイプの画面越しに女性の谷間を拝見する機会があった(特に目上の女性というわけではないのだけれど、その神々しさに心中ずっと手を合わせていたので「拝見」という言葉を使いました)。

 女性の場合、「おっぱい」を強調することがセックスアピールにつながる。男性であるぼくも「ちんこ」の存在を積極的にアピールすることで女性の気を引いていきたいところだが、公共の場でちんこをボロンと出すわけにもいかないので難しい。しかし、何とも幸運なことに、ぼくは全くの偶然によって、ちんこをアピールする手段を手に入れたのだ。

 

 それは尿漏れである。

 

 ここ2年程でおしっこのキレが悪化し、油断していると、出し切れなかったおしっこが、パンツを履いた後になって「遅れてスマン」と顔を出すようになった。体感だが、カップ麺の香味油くらいの量は出ていると思う。ズボンにまで目立つ染みができるので、女性はそれを見て、おしっこの出口であるちんこを否が応にも意識するという寸法である。ドキドキ…なんて大きいのかしら(染みが)…ステキ!!抱いて!!

 ……いや、勿論そんなことになるワケがないのは分かっているし、気をつけるようにはしていたのだが、うっかり出来たズボンの染みを友人にドン引きされ、めちゃめちゃ凹んだのが昨日のことである。 

 

 さて、ぼくが尿漏れを感じ始めた一昨年の初夏、時を同じくして、小学校の同級生が男の子を産んで母親になった。その彼女が、先日2歳になったばかりの我が子の様子をfacebookに報告していたのだが、どうやらオムツを卒業してトイレでのおしっこを覚えたらしい。投稿を下にスクロールすると、男の子に向けた「えらいね〜^^」というコメントがたくさん並んでいた。

 ずるい。ぼくも「えらいね〜^^」って言われたい。

 というわけで、今日から友人の息子(2歳)をライバルに据えたおトイレトレーニングを始めたので、成功したら「えらいね〜^^」ってコメントで褒めてください。おしっこに決して遅刻を許さない、パンクチュアルなちんこを目指して。

 よろしくお願いします。

ぜんぶ、妖怪のせいだ

 先週末、急に3日間ほど自宅のネット回線が繋がらなくなってしまい、止むを得ずに更新を休んだ。その時に買った妖怪ウォッチ3にドハマリしてしまい、気づいたら一週間以上経っていた。毎日更新とはなんだったのか。舌の根乾かぬどころか、グチョグチョのビチャビチャのジュッポジュッポジュッポである。「舌の根」といえば、先週の頭から、口臭予防の舌磨きを始めた。歯ブラシを使って舌を磨くのだが、これがメチャメチャ気持ち悪くて、毎回必ず嘔吐(えず)いてしまう。そのうち本当にゲロ吐くんじゃなかろうか……。皆がPokemonGOにゲームの未来を感じている一方で、俺は暗い部屋で妖怪ウォッチを遊びながら、ゲロまみれの己の未来に戦々恐々している。でもいいんだ。だって妖怪ウォッチ、メチャ面白いんだもの。

 

 妖怪ウォッチってどんなゲームなの? 

 妖怪と友達になって、数々の事件を解決していくRPG。事件といっても、世界が滅んだりするようなことは殆どなくて、ジョジョ4部みたいな、身の回りで起こる不思議な出来事に関わっていくことが多い。テキストや演出が馬鹿馬鹿しくて、終始笑えるのが良い。妖怪ウォッチの最大の魅力はやっぱり「笑える」ってことだと思う。みんな何となく知ってると思うけど、小学生が絶対わかんないようなパロディネタが多いので、そういうのが好きな僕みたいなのは嬉しい。こんだけネタを仕込んでいるのに、全然スベってないってのは凄いことだと思う。女主人公が痛いオタクなのは結構キツいけど。

 

 バトルは3vs3。後ろに控えの妖怪が3体いるので、実質6体のパーティをリアルタイムで交代させながら戦う。妖怪はそれぞれ、固有の攻撃・妖術(属性魔法or回復魔法)・とりつき(バフorデバフ)を持っていて、状況を判断しながらオートで行動する(攻撃目標を支持するなど、ある程度のコントロールはできる)。ちっちゃい妖怪たちが勝手に動き回る様は結構かわいい。ただ、マジで勝手気ままに動くので、たまにイライラすることもある。

 難易度は子供向けにしては高め。ポケモン以上ドラクエ未満くらい。

 対人戦や、ポケモンでいうバトルタワーのような施設もある。妖怪にはEからSのランクがあるのだけど、対人戦ではSランクとAランクはパーティーに2体ずつしか入れられないのがバランス取れてて◎。

 

 妖怪を仲間にする方法はいろいろあって、オーソドックスなのはバトルで仲間にする方法。ドラクエVや GB版ドラクエモンスターズのような、「倒した敵が起き上がって仲間になりたそうにこちらをみている」システムを採用しているので、運の要素がかなり強い(しかもかなり確率が低くて、低ランクの妖怪もなかなか仲間にならない)。これはあまり好きじゃなくて、せっかく「ともだち」って設定なんだから、女神転生みたいに会話で仲間にするとか、もうちょいプレイヤースキルで何とかなるようにして欲しかった。

 次に一般的なのが、ソシャゲのようなガチャで仲間にする方法。ガチャを回せる回数は日毎に決まっており、回すたびにセーブされるので、これまた運の要素がかなり強い。

 進化する妖怪もいる。進化にはレベル進化・合成進化・アイテム合成進化があるのだけど、このうちSランクの妖怪はほとんどがアイテム合成で進化する。必要なアイテムは、ガチャやくじ引きでしか手に入らなかったりするので、またもや運の要素が絡んでくる。

 総括すると、仲間システムは運頼みの要素が多くて、物凄くソシャゲ的。好みが分かれるところだと思う。

 

 あとは、オマケ要素がすごく多いのも良い。虫取りや魚釣り、サブクエスト、ステルスアクションのミニゲーム「ゾンビナイト」etc etc etc……。全部こなそうとすると、かなり時間がかかる。 RPGミニゲームって、報酬がしょぼすぎると誰もやらないし、逆に「そのミニゲームでしか手に入らないレアアイテム」だと作業になっちゃうからつまらない。妖怪ウォッチの場合はその辺のバランスがすごくよくて、「良いアイテムだけど、他にも手に入れる手段はたくさんある」みたいな報酬が用意されていることが多い。オマケの理想形だと思う。

 

 欠点は、運ゲー要素が強いことと、いろんな遊びを詰め込みすぎた弊害でインターフェースがやや雑なこと。それに目を瞑れば、全く新しいスタイルの、スゲエ面白いゲームだと思う。でも、いくら面白くても、小学生のみんなは「妖怪のせい」でやらなきゃいけないことをサボってしまうような悪い大人になっちゃあいけないぞ(今日からまたブログ頑張るぞ)。

セブンプレミアムが好きな人以外は絶対に読まないでください。あまりに美味しそうで、我慢できずにモグモグ♥してしまいます。どうぞ、私で

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 セブンイレブンの商品に、「まるでマンゴーを冷凍したような食感のアイスバー」が復活した。あの、やたらネットリしたドスケベなアイスだ。このシリーズ、フレーバーからして、マンゴーとか桃とか、狙っているとしか思えないラインナップである。味については各方面で語り尽くされているので、いまさら美味しさについて取り上げるつもりはない。今回のテーマは「セブンプレミアムの商品名長すぎ問題」である。

 

 

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 4種のチーズをブレンドしたチーズリング

 

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 鉄板焼きでうま味を閉じ込めたデミグラスハンバーグ

 

 など、セブンプレミアムの商品名には、修飾句+名詞というパターンが増えているのだが、修飾句の部分がやたら長いのである。

 例えば、最初に述べた「まるでマンゴーを冷凍したような食感のアイスバー」は、修飾句だけで23文字ある。有名な落語「寿限無」を例に挙げると「じゅげむじゅげむごこうのすりきれかいじゃりすい」までで23文字だ。うまいことを言おうとして失敗した感が否めない。

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 「素材のおいしさが楽しめる」「カリカリ食感」「スティックタイプ」「スイートコーン味」に至っては、4つも修飾句が並んでいる。被修飾語となる名詞が存在しないので、一体この菓子は何なのか?という疑問が残る。(おいしかったです)

 

 こうしたセブンプレミアムの商品名には、読んでいるだけでついつい買いたくなってしまう効果がある。「イベリコ豚の〜」とか「希少糖を使用した〜」とか書かれると、イベリコ豚や希少糖の味はわからなくても、何となく良いものである気がしてしまう。ちょっと卑怯に思えてしまうのはぼくだけだろうか。まあ、セブンプレミアムは実際に美味しいのだけれども。

 

 最後に、こうした商品名の冗長化の煽りを受けて、可哀想な名前をつけられてしまった商品をいくつか紹介したい。

 

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 和えて食べるたらこスパゲッティ

 まさかの、食べ方の説明である。大体のパスタは和えて食べると思う。他のパスタの名前が「香ばしくソテーしたナポリタン」「赤ワインでじっくり煮込んだミートソース」とか美味しそうなので、可哀想さがより引き立って最高である。

 

 

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 「濃厚ソースとマヨネーズ味のソースマヨもんじゃソースマヨ味」

 ソースマヨって言い過ぎじゃなかろうか。32文字もあるのに情報量が少なすぎて最高である。

 

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 「柚子の風味が広がるにゅうめんすまし柚子」

 これは一見普通に思えるが、同じ柚子風味を推している商品に、

 

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 「柚子皮の香りが風味を彩る鶏ぞうすい」という、めちゃくちゃカッコイイ名前の鶏雑炊が存在するので、相対的に可哀想なネーミングになってしまっている。しかもこの2つの商品、どちらもフリーズドライなので同じ棚にあることが多くて最高である。

 

 以上。今後もセブンプレミアムから目が離せない。

インドぞうも 2びょうで たおれる

 インド人が好きだ。

 

 ガンジス川を訪れて「人生観が変わった」という人がたくさんいる。しかし、こちらのラジオ(http://omocoro.jp/rensai/58048/)でも言われているように、あんな汚ねえドブ川を見て人生観が変わるわけが無いのである。「わざわざ遠くインドまで来たのだから、なにかしら大きなことを言わなければいけない」という強迫観念が、「人生観が変わった」などという薄ボンヤリとした感想を述べさせているだけなのだ。

 

 じゃあ、インドという国の何が素晴らしいのか。

 

 それは人である。

 

 肌の色は健康的に浅黒く、大きな瞳は吸い込まれそうで。彫りが深く鼻が高い。阿部寛はインド人であり、インド人はみな一様に阿部寛である。

 性格は勤勉で頭が良く、神様を真っ青に染め上げるイカしたセンスを持ち、常にカレーの匂いがしていて美味しそうだ。

 彼らが作る映画も最高である。インド映画といえば歌ったり踊ったりカレーを食ったりというイメージが強いが、最近は欧米化が進み、歌ったり踊ったりしない映画も増えている。でもカレーは食う。

 

 インドの人々から漏れ出した熱気が空気と混じって、あの国の暴力的にアツい気候を形成しているんじゃないか。そんな錯覚を覚える。

 

 インド人にとって、日本人はカッコウのカモである。街中を歩いていると、5秒おきに「コンニチハ、トモダチ」と日本語で話しかけられる。タクシーの運ちゃん、土産物屋の主人、勝手に道案内してくる自称ガイド、様々な人たちがやってくる。驚くべきは、大麻の売人の多さだ。非暴力・不服従、でもドラッグはアリ。なんというか「ロックンロールな国だな」と思った。インドは人を内田裕也にする。

 彼らは、日本人から楽に儲けるために、日本語や日本の文化を必死に勉強する。なんだか本末転倒で、全然楽できていないように思えるが、そもそも勉強や努力が苦にならない人たちなのだろう。街にあふれる乞食たちからすら、プロフェッショナル意識を感じる。

 

 インドを旅するコツは、モラルや倫理観というものを一度捨てることだ。もしかしたら、あなたは彼らの仕事ぶりをみて「すぐに人を騙そうとする悪い奴らだ!!!!」と憤るかもしれないが、それは違う。彼らの価値観では、旅行者から儲けるための努力に、善悪の区別は存在しない。むしろ、ものを盗んだり暴力に訴えたりせず、堂々と知恵比べを挑んでくるぶん潔いといえる。

 あえて善悪を定義するなら、騙される方が悪いのだ。だから、もしもインドを訪れることがあるなら、カイジライアーゲームの登場人物になったつもりで、彼らとの会話を存分に楽むとよいと思う。

 

 と、ここまで書いて「もしかするとぼくの人生観、インドを訪れて結構変わったかもしれないな……」と思った。

 

 死ぬまでに、絶対にもう一度行こう。インド。

 

 なんて前向きなこと、かつての僕だったら、頭をよぎることすらなかったハズなのだ。

死体と踊るな子供たち

 『クリプト・オブ・ネクロダンサー』というゲームのiOS版を買ったので紹介させていただきたい。

 

youtu.be

PS版のPV

 

 『クリプト』は英語で「地下墓地」。『ネクロダンサー』は「死体と踊る者(意訳)」。つまり、『クリプト・オブ・ネクロダンサー』とは、50年の時を超えて現代に蘇った伝説のクソ映画『死霊の盆踊り』のゲーム化作品のことだと思って購入したのだが、幸運なことにそれはぼくの勘違いであった。

 ちなみに、『死霊の盆踊り』はマジにヤベエ映画で、「睡眠導入剤に最適」とか、「道端のアリを数えていた方がまだ面白い」とか言われている。ぼくも話の種にとTSUTAYAで借りたことがあるのだが、再生して数分で感情が「無」になり、悟りの境地に到達しかけた。もしもあなたが修行僧であれば一見の価値はあるかもしれないが、おっぱい丸出しの女の人がたくさん出てくるので戒律と相談してからご覧いただきたい。

 

 さて、『クリプト・オブ・ネクロダンサー』は、もともと昨年PC / PS4 / VITA向けに発売されたゲームである。

 評判がめちゃくちゃ良くて、「時間が経つのを忘れてダンジョンに潜ってしまう。ローグライク好きでこのゲームを遊ばない奴はモグリ。“潜り”だけに(笑)」みたいな腹立つレビューが散見していたのだが、生憎なことにぼくはmacユーザーで、当時はPS4も持っていなかったため、「モグリ」の蔑称に仕方なく甘んじていた。

 しかし、この度iOS版がリリースされたので、汚名を返上すべく早速ダウンロードしたのだった。iOS版は600円。他ハード版の半額以下の価格でプレイできるのでお得である。ねぎだこさっぱりおろし天つゆを一回我慢すれば買えてしまうのだ。銀だこ高くない?うまいけど。

 

 肝心のシステムはというと、「太鼓の達人」「ビートマニア」「パラッパラッパー」のようなリズムゲーと、「不思議のダンジョン」のようなローグライクゲーを組み合わせた一風変わったゲームである。BGMのリズムに合わせてコマンドを選択しなければ、行動が「ミス」扱いになり、相手のターンになってしまう。ローグライクは「自キャラ」→「敵キャラ」の順に行動ターンが繰り返されるのが普通だが、このゲームの場合、リズムを取るのに失敗したり、行動に詰まったりすると、「自キャラ」→「敵キャラ」→「敵キャラ」→「敵キャラ」……と、敵の連続行動を許してしまうので、素早い判断力が試される。 

 それぞれの敵キャラは、「2ターンに一回行動する」「4マスを時計回りに移動し続ける」「横に立つとブレス、縦に立つと直接攻撃」など、異なる行動パターンを有しているため、まさにダンスの振り付けを覚えるかのように、敵キャラのスキを把握して攻撃を加えていくのがたまらない。慣れてくると、初期装備でもノーダメージで攻略することが可能なので、プレイヤースキルの上達を肌で感じられる点はリズムゲーやローグライクそのままである。

 

 決して奇をてらっただけのシステムではなく、音楽に合わせてノリノリで自キャラを操作する楽しさと、困難な状況をギリギリで潜り抜ける楽しさの双方が見事に融合している。初心者向けにイージーモードも存在するので、ぜひダウンロードしてみてほしい。

 

 まあ、そんなこんなで、部屋に籠ってゲーム漬けの毎日を送っているのだが、そうこうしているうちに季節は巡り、夏。ぼくら生者にとっては盆踊りの季節である。

 遠くに聞こえる花火の音と、恋人たちの笑い声から耳を塞ぎ、ぼくは迷宮で化け物をパートナーに寂しく踊るのであった。

 

 

ゴキブリと遭えない部屋に住んでいる

 大学の友人であるところの牧山くんと鈴木くんとご飯を食べた。東京の企業に就職した鈴木くんが、恋人に会いに筑波に帰ってきたということで、その恋人氏を牧山くんと二人がかりでハイエースに連れ込み、山奥の小屋に監禁し、あられもない写真をネタに脅迫し、やっとの思いで鈴木くんと食事する権利を手に入れたのであった。初夏の筑波山は思いの外冷えるので、かわいそうな恋人氏には電気毛布を買い与えた。しかし、人里離れた筑波の地に、電気水道その他のインフラが引かれているはずもなく、決して温まることのない80ワットの電気毛布は、溢れる涙をぬぐう布切れにしかならないのであった。

 さて、牧山くんは我が大学きってのイケメンであり、鈴木くんもまた我が大学きってのイケメンである。ぼくが女であったなら、両手に美男子を抱え、じゅうじゅうと炭火で焼かれた肉を貪る様は、まさに肉欲の権化そのものであり、町中の女子の嫉妬と畏敬の対象となったことだろう。しかし(今まで黙っていて申し訳ないのだが)ぼくはまごうことなき「ブ」のつくオスであるから、煌びやかな二人の陰で、ただただ自らの残念さを引き立たせるハメになった。

 思い返せば、牧山くんと鈴木くんは、入学当初から、ぼくらモブと比べ、頭二つ、いや三つほど垢抜けていた。彼らは、入学式の日にはすでに、髪色をまるで刷りたての十円硬貨のように茶色く染め上げ、キラリと光る歯を見せながら不敵に笑っていた。人間関係のストレスに、十円ハゲをキラリと光らせ、力なくヘラヘラと笑うばかりのぼくとはえらい違いである。髪色など、一度も染めたことがない。永遠の黒である。昆虫になりたい。ムシキングの世界であれば、ぼくは「黒いダイヤ」オオクワガタで、彼らはチャバネゴキブリである。しかし残酷なことにこの世界はムシキングではないし、ムシキングにゴキブリは登場しない。

 焼肉を食べ、近況を報告しあい、学部の同期の女の子に似たアダルト動画を見つけた話で盛り上がった。本当に楽しい食事だった。

 まあ、そんなわけで、旧友と久々(といっても半年ぶりくらいなのだが)の再会を果たしたのであった。僕らが全員学生であったころは毎日のように顔を合わせていたものだから、半年会わなかっただけで、なんだか、果てのない時間旅行にでも行ってきたような気持ちになる。

 彼らと次に会えるのはいつになるのだろうか。無事に再会できるよう、皆が健康であれば嬉しい。

 でも、次に会った時に、あいつらの高い鼻が自転車にでも轢かれてベキベキにへし折れていたらもっと嬉しい。

ヴァルナを持たないきみと、ヴァギナを持たないぼく

 みなさん、あのね

 

 かつて、「せんせいあのね帳」というアイテムが存在した。学校や地域によっては、省略して「あのね帳」とも呼ばれていたようだ。

 「せんせいあのね帳」とは、小学校低学年の児童向けの日記帳である。文字通り「せんせい、あのね」という書き出しが各ページ冒頭に印刷されており、それに続けて、せんせいとおしゃべりするように、その日にあったことを口語体で自由に書けばよい。

 おそらく、初めて作文というものに触れる子供たちの為に作られた商品なのだと思う。Wikipediaも公式ホームページも存在しないようなので、製作者の正確な意図は分からない。もしかすると、裏では我々の想像もつかないような黒い思惑が存在した可能性は0ではないが、なんでもかんでも陰謀論を持ち込んでしまうと、格子のついた病院で、お医者のせんせいと永遠におしゃべりを楽しむハメになるので、この辺りで口を噤みたい。

 さて、ぼくの通っていた小学校では、この「せんせいあのね帳」の毎日の提出が義務付けられており、子供たちは、担任教諭という権力に日々の行動をつぶさに監視される、ディストピアの如き生活を送っていた。今でこそ「日記帳ぐらい誰に読ませるでもなく好きに書かせろ」と言うことができるが、まだ素直で可愛げのあった幼少期のぼくは、この「せんせいあのね帳」が大好きで、頑張って日記を書いては、せんせいから返ってくるコメントを心待ちにしていた。ぼくが文章を書く楽しさに目覚めたきっかけだったと思う。教育委員会、おまえの下らないプログラムがこれを狙っていたのなら、予想以上の効果をあげたぞッ。

 思えば、私がここまで熱心にページを埋めたノートは、「せんせいあのね帳」を除けば、A4の大学ノートを黒く塗りつぶして自作したデスノートくらいしか思い当たらない。クラスメイトたちが、やれ交換日記だ、やれプロフィール帳だとキラキラの青春をキラキラのラメ入りペンで書き綴っている裏で、カースト底辺のオタク野郎だった私は、クラスの不良たちへのストレスを手製のデスノートにしたためていた。こんな陰険なやつは嫌われて当然である。卵が先か鶏が先か、いじめが先かデスノートが先かである。(正しくは、デスノートの先はヒカルの碁である。)ちなみにインドでは私のようなカースト底辺のオタクを「ヴァルナをもたない人びと」と呼ぶが、野郎なので生物学的には「ヴァギナをもたない人びと」でもある。

 脱線した。死神あのね帳の話はどうでもいいのである。「せんせいあのね帳」の話をしたかったのだ。

 実はこの度、私も無事に就職が決まり、来年度からは、編集者であったりとか、ライターであったりとか、ともすると物書きであったりとか、そういう肩書きの人間になるようなのだ。つまり、商品という形で文章を扱う立場になるということ。であれば、その仕事には仮想される読者が存在し、ターゲットに向けた文章を創造しなければならない。しかし、悔しいことに、私の文章力はというと、ターゲットに合わせて文体を書き分ける器用な芸当など夢のまた夢、ポンコツも良いところなのだ。

 そのような経緯から、読ませるための文章のトレーニングがしたいと思い立った折、あのね帳の存在を思い出した。「せんせいあのね帳」ではなく、毎回異なる様々な読者を想定した、「◯◯あのね帳」として、できるかぎり毎日、下らない文章をひり出していきたい。

 

  • ユーモアのあるワードセンスを磨く
  • 筆が遅いのを改善する
  • 早漏を改善する

 

当面の目的はこの辺りで。頑張ります。