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あのね帳

文章の練習

インドぞうも 2びょうで たおれる

 インド人が好きだ。

 

 ガンジス川を訪れて「人生観が変わった」という人がたくさんいる。しかし、こちらのラジオ(http://omocoro.jp/rensai/58048/)でも言われているように、あんな汚ねえドブ川を見て人生観が変わるわけが無いのである。「わざわざ遠くインドまで来たのだから、なにかしら大きなことを言わなければいけない」という強迫観念が、「人生観が変わった」などという薄ボンヤリとした感想を述べさせているだけなのだ。

 

 じゃあ、インドという国の何が素晴らしいのか。

 

 それは人である。

 

 肌の色は健康的に浅黒く、大きな瞳は吸い込まれそうで。彫りが深く鼻が高い。阿部寛はインド人であり、インド人はみな一様に阿部寛である。

 性格は勤勉で頭が良く、神様を真っ青に染め上げるイカしたセンスを持ち、常にカレーの匂いがしていて美味しそうだ。

 彼らが作る映画も最高である。インド映画といえば歌ったり踊ったりカレーを食ったりというイメージが強いが、最近は欧米化が進み、歌ったり踊ったりしない映画も増えている。でもカレーは食う。

 

 インドの人々から漏れ出した熱気が空気と混じって、あの国の暴力的にアツい気候を形成しているんじゃないか。そんな錯覚を覚える。

 

 インド人にとって、日本人はカッコウのカモである。街中を歩いていると、5秒おきに「コンニチハ、トモダチ」と日本語で話しかけられる。タクシーの運ちゃん、土産物屋の主人、勝手に道案内してくる自称ガイド、様々な人たちがやってくる。驚くべきは、大麻の売人の多さだ。非暴力・不服従、でもドラッグはアリ。なんというか「ロックンロールな国だな」と思った。インドは人を内田裕也にする。

 彼らは、日本人から楽に儲けるために、日本語や日本の文化を必死に勉強する。なんだか本末転倒で、全然楽できていないように思えるが、そもそも勉強や努力が苦にならない人たちなのだろう。街にあふれる乞食たちからすら、プロフェッショナル意識を感じる。

 

 インドを旅するコツは、モラルや倫理観というものを一度捨てることだ。もしかしたら、あなたは彼らの仕事ぶりをみて「すぐに人を騙そうとする悪い奴らだ!!!!」と憤るかもしれないが、それは違う。彼らの価値観では、旅行者から儲けるための努力に、善悪の区別は存在しない。むしろ、ものを盗んだり暴力に訴えたりせず、堂々と知恵比べを挑んでくるぶん潔いといえる。

 あえて善悪を定義するなら、騙される方が悪いのだ。だから、もしもインドを訪れることがあるなら、カイジライアーゲームの登場人物になったつもりで、彼らとの会話を存分に楽むとよいと思う。

 

 と、ここまで書いて「もしかするとぼくの人生観、インドを訪れて結構変わったかもしれないな……」と思った。

 

 死ぬまでに、絶対にもう一度行こう。インド。

 

 なんて前向きなこと、かつての僕だったら、頭をよぎることすらなかったハズなのだ。