ANONECHO

文章の練習 Twitter: @alicetroemeria

学生寮のドアは、世界の絶景に通じていた

 

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「うわああああ! 毒サソリがあらわれたあああああ!!」

 

 アマゾン川に来て数日、僕はドラクエの戦闘開始メッセージみたいな悲鳴に叩き起こされた。

 

「おい! 3回目だぞ!!」           

 

 3回目だった。毒サソリ、エンカウント率高すぎ。 

 学生時代、バックパッカーとして南米を放浪していた僕は、アマゾンのジャングルで過ごす4泊5日のツアーに参加した。

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 ピラニア釣りや夜のジャングル探検、アマゾン川にしか生息しない幻のイルカとの触れあい……心躍る文言に釣られて参加を決めたアマゾンツアーだったが、初日が終わるころには「帰りたい」という感情だけが僕の頭を支配していた。

 

 というのも、現地で雇ったガイドのジョーが、「あのタランチュラに噛まれたら即死だぜ」とか、「この植物に触ったら肌がただれるからな」とか、ヤバイ生き物の解説しかしてくれないのだ。毒タイプのポケモンジム入口に突っ立ってるおっさんじゃねえか。

 

 初めこそは「アマゾン怖えええ。危険を教えてくれてありがとう」と感謝もしたのだが、あまりにそればかりだと辟易してくる。もっとカワイイ動物についても教えてくれよ。ほら、あそこに極彩色の鳥がいるよ! ねえ、あのちっちゃい猿はなんて名前? ほら。ねえ。おいって。

 

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 というか、感じるのは身の危険だ。

 俺は生きて帰れるんだろうか……。

 

 そんなことを考えながらハンモックに横になる。イヤホンを取り出すと、適当なプレイリストを選んでJ-POPを再生した。「夢」、「愛」、「友」、チープな歌詞が今はありがたい。せめて気持ちだけはポジティブでいたかった。

 

「おい、何を聴いてるんだ?」

 

 突然、フランスから来たというイケメンに声をかけられた。ツアーの参加者は、現地で知り合った彼と僕のふたりだけ。いわば運命共同体だ。

 フランスと日本、全く異なる文化圏からやってきた僕らだけど、アマゾン川で待っていたカルチャーショックに比べれば、アジア⇔ヨーロッパ間の距離なんて近所のコンビニまで散歩するようなものだ。自然と互いに歩み寄る。

 

「故郷の曲だよ。勇気が出る」

「そうか。俺はもう、iPhoneの電源が切れちまった」

「帰って冷やし中華……日本の冷たいヌードルが食いたい」

「おいおい、もう限界か? 俺はこの非日常を最高に楽しんでるぜ」

 

 そんな戦争映画のようなやりとりに、思わずふたりで苦笑する。

 それにしても彼はすごい。こんな過酷な環境で弱音のひとつも吐かないなんて……。僕も見習って、もっとこの状況を楽しもう。ふと隣のハンモックに目をやると、恋人の写真をベロベロに舐めながら泣いている彼が見えた。めちゃめちゃ限界じゃねえか。

 

 そんな夜を何度か越えて迎えた朝、冒頭のワンシーンは訪れた。

 

 僕らが宿泊していたのは、ジャングルの中にある原住民の集落のような場所。その小屋のひとつにハンモックを吊り下げて眠っていた。小屋といっても、ドアや窓どころか壁すらない。屋根と床板があるだけの“ほぼ外”といった感じの建物。パンフレットには「Open air resort room」って書いてあったんだけどなあ。

 

 そんなわけだから、ハンモックの下を普通にサソリが横切ったりもする。フランス人は完全にブチ切れていて、ガイドのジョー「サソリに殺されるか、俺に殺されるか選ばせてやるよ」と凄んでいた。

 

 一方の僕はというと、まあまあ冷静だったと思う。目の前でくり広げられる言い争いをぼーっと眺めながら、日本で経験した『似たようなイベント』を思い出していたからだ。

 あれは、初めての一人暮らしを経験した学生寮での出来事――。

 

 

 僕が籍を置いていた大学には、歴史と伝統とは名ばかりの朽ち果てた学生寮があった。 

 中でも“スラム”と呼ばれる棟は特別にボロボロ。日本の文化になじみの浅い外国人留学生が多く住んでいたこともあって、法が適用されない独自の社会が形成されていたのを覚えている。ゴミ捨て場のルールは『HUNTER×HUNTER』の流星街みたいだったし、僕の部屋には前入居者のエロ本がそのまま置き去りにされてた。エロ本には「勉強ガンバレ!^^」ってメモが挟んであった。スタバみたいなことすんな。

 

 ……そう、僕もそのスラムに住んでいた。

 

 そんな場所で学生時代を過ごせと宣告された当初は「前世で重い罪を犯したのでは?」と自分のカルマを疑い、呪われた運命を受け入れようともしたのだけど、すぐに耐えられなくなって退去をキメた。“銀河の祖母”も死後の世界は否定派だったし。

 そんなわけで、退去するまでの3か月間、スラムで僕が体験した地獄のエピソードのひとつに「全裸のキャシー事件」というものがある。

 

 僕が住んでいたのは、もちろん女子禁制の男子寮だったのだけど、スラムのアウトローにとってそんなルールは紙に等しい。入居当日に便所に流す存在だ。だから、女性を連れ込む住民は当たり前の光景だった。

 

ある日の真夜中、自室の窓から、寮の裏手に数人の留学生が集まっているのが見えた。なんだか慌てている様子で、何かを探している雰囲気。 

 窓越しに聞こえる会話に耳を傾けると、断片的に単語が聞こえてくる。

 

「Naked Kathy」、「Escape」、「Fuck」、「Fuck」、「Fuck」……。

 

 英語の教科書には載っていない刺激的な単語の数々。18歳童貞の脳は、すさまじい速さで回転した。

 

「ネイキッド・キャシー」、「エスケイプ」、「ファック」、「ファック」、「ファック」……。

「全裸」、「キャシー」、「逃げた」、「×××」、「×××」「×××」……。

 

 全裸のキャシーが×××中に逃げた!? 

 こ、ここここれは一大事である。ぼ、僕も捜査に協力したほうがいいだろう。困ってる人は放っておけないからッ!

 

 暦は5月。昼は暖かくなってきたとはいえ、夜はまだ少し肌寒い。事情はよくわからないが、金髪美女(たぶん)が一人裸でで泣いているのだ(おそらく)。羽織るものがあったほうがいいだろう。ジャケットを抱えて外に出る。

 寮の敷地内をうろつくが、人影は見当たらない。敷地の外に出た? 全裸で? 確率は低いだろう。いや、開放的な国の人ならありえるの? どうなんだ、キャシー。 Where are you from !?

 

 そうこうしているうちに、時刻は深夜の2時。

 もう諦めよう。

 

 ぐったりしながら自分の寮に戻り、キャシーに着せようと持ち出したジャケットをハンガーに戻す。ファスナーとマジックテープがいっぱい付いているジャケット。国際問題に発展しかねないダサさだ。着せずに済んで逆によかったのかもしれない。 

 さっさと寝てすべて忘れたい。ベッドに横になる。

 

 するといきなり窓の外から

 

「KATHYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!」

 

 吸血鬼みたいな叫び声が響いた。カーテンを開けると、先ほどと同じ場所に留学生が集結している。男たちは、抱き合ったり、ハイタッチしたり、とにかくみんな笑顔。なのに肝心のキャシーは見当たらない。何? どういう状況? 全裸の金髪美女は?

 矢も盾もたまらず部屋を飛び出し、彼らのもとに駆け寄る。

 

「ああ、スミマセン。うるさくて、起こしてしまいましたか。スミマセン」

 留学生のひとりから申し訳なさそうな顔で謝られる。いや、ずっと起きてた。ごめん。

 

「あのですね、チョット探し物してた」 

 知ってた、ごめん。

 

「逃げちゃったデス」

 それも知ってた。

 

「ペットのサソリが」

 それは知らんかった。

 

 話を聞いてみると、彼らは大学に内緒でサソリ(キャシーちゃん)を飼っていて、目を離した隙に脱走したんだそうだ。

 普段は安全のために、ゴム製のカバーを尻尾に付けているのだけど、餌やりの時は外さなきゃいけない。魔の悪いことに、ちょうどその餌やりのタイミングで逃げられてしまった。それでわざわざ、危険を強調するために「ネイキッド」なんて枕詞で呼んでいたらしい。

 

「大学には秘密にしておいてもらえマスか……?」

 

 ふざけている。童貞の心をもてあそびやがって。僕は迷わずに

 

「絶対言わないよ」

 

 そう答えていた。

 

 スラムの空気に毒されていたから、というのもあるのかもしれないが、それ以上に楽しかったのだ。勘違いで(勝手に)敷地内を駆けまわったり、サソリの飼い方を教えて貰ったり、そんなハチャメチャな異文化交流が。

 思えば、僕がバックパッカーを始めた初期衝動はこの寮にあるのかもしれない。口では「早くこんな場所出たい」なんて言いながら、刺激的な体験にどハマリしていたのかも。それに、自炊や洗濯、外国語でのコミュニケーション、旅に必要なサバイバルスキルはひとり暮らしで自然と身についた。

 

 学生寮のドアは、世界の絶景に通じていた。 

 ふと顔を上げると、喧嘩はいつの間にか終わっていて、目の前には雄大アマゾン川

 今はこの非日常を楽しもう。僕らはカヌーに飛び乗ると、次の危険に向かって漕ぎ出した。

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#私の一人暮らし